魚類免疫毒性試験法構築の必要性

近年,魚類から海棲ほ乳類に至る水生生物の大量斃死が頻発している。その主な原因として,物理化学的な環境要因(水温や酸素濃度など)の急激な変化や,毒物の流入,感染症の発生などの環境ストレスが挙げられる。これらの環境ストレスのうち大規模な貧酸素の発生や化学物質の流出事故のように,単独の要因で生物群集に対して劇的な影響を及ぼすケースもあるが,それらが単独では致死影響を及ぼさない場合であっても,複合的に作用することで個体数の減少など重篤な影響を引き起こす可能性が指摘されている。なかでも,化学物質への慢性的な暴露に起因する免疫系の機能不全が,感染症のまん延による大量斃死を発生させることが報告されている。具体的な例を挙げると,米国では農薬の暴露量が増えるに従って両生類の吸虫感染リスクが増大することが示されている(Rohrら,2008年)。また,スイスでは産業化に伴う化学汚染の発生がブラウントラウトの寄生虫感染症の拡大を引き起こしたことが示唆されている(Burkhardt-Holmら,2005年)。我々の研究グループも,瀬戸内海のスナメリにおいて,体内に蓄積した有機スズ化合物濃度と肺線虫感染の重症度との間に有意な関係があることを明らかにし,有機スズ汚染が寄生虫感染リスクを高めた可能性を示した(Nakayama et al., 2009)。しかしながら,生態毒性学的見地からの免疫毒性に関する研究は決して十分に実施されているとは言えないのが現状である。

化学物質と感染症との関連性を解析する上で免疫毒性の評価は必須であるにもかかわらず,水生生物において化学物質が免疫系に及ぼす影響を評価する確固たる手法は確立されていない。従来法では,免疫刺激の無い条件下で,in vivoもしくはin vitroでの化学物質の暴露による魚類白血球の活性の変化を検出する手法が取られてきたが,そこで観察される影響は必ずしも感染症に対する感受性の変化を引き起こすとは限らない。したがって,近年では化学物質を暴露した個体に病原体を感染させ,感染症の発症をエンドポイントとした新たな手法が用いられ始めている。臭素系難燃剤(PBDEs)を添加した飼料を与えたマスノスケはビブリオ病によるへい死率が上昇することが報告されている(Arkoosh et al., 2010, 2015)。このような感染実験と暴露試験を組み合わせた手法を実験モデル魚の一種である海産メダカに適用するために,利用可能な病原体の検討もなされている(Ye et al., 2016)。2017年の国際学会(北米SETAC)においても,免疫機能と病原体への感受性に対する化学物質の影響に関するセッションが組まれており,上述の手法が今後の免疫毒性評価の主流になると考えられる。

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