重油にさらされた魚類では体表粘液中の細菌群集構造(マイクロフローラ)が変化し、同時に細菌性感染症の発症リスクが上昇することが明らかとなった。環境汚染化学物質が体表面のマイクロフローラを変化させること初めて明らかとなり、環境汚染と感染症との関連に新たな知見がもたらされた。
代表的な沿岸性魚類であるヒラメを実験モデル魚とし、重油汚染の影響を評価した。平均体重197 gのヒラメ3個体を3.75 g/L のC重油に3日間暴露した後、清浄海水に移してから4日間飼育した。このときの体表粘液中のマイクロフローラを変性剤濃度勾配ゲル電気泳動法により解析したところ、重油を暴露した魚では2種類の細菌が体表粘液中から検出されなくなり、4種の細菌が新たに検出された。さらに、重油の暴露により体表粘液中の細菌数は約11倍、末梢血中の白血球数は約2.5倍に増加した。
魚の体表粘液中には様々な常在細菌が存在し、その群集構造は一般的にマイクロフローラと呼ばれる。常在細菌は普段は病気の原因とはならない。しかし何らかのストレスにより魚の免疫機能が抑制された場合、ある種の常在細菌による日和見感染症や、外部から新規に侵入・増殖した病原性細菌による感染症が発症する。重油を暴露したヒラメの体表粘液で確認された新規細菌の付着や細菌数の増加は、重油の暴露によって生じた免疫抑制に伴う、細菌の侵入・増殖によるものであると考えられる。これらの細菌の病原性は不明だが、重油の暴露後に白血球数が増加していたことから、ヒラメは何らかの細菌に感染していた可能性が高い。
また、一部の常在細菌は魚と共生関係にあり、他の病原体に対する生体防御作用をもつことが知られているが、重油の暴露によって検出されなくなった細菌が同作用を有していたのか興味が持たれる。
タンカー事故などによる重油の環境中への流出事故は近年も頻発しており、沿岸生態系への影響が懸念される。一般的に、流出事故が発生した場合、オイルフェンス等で汚染域の拡大が防止され、重油は比較的短期間で環境中から除去される。しかし、本研究で明らかとなったように、重油の除去後も体表粘液中のマイクロフローラの変化に起因する細菌性感染症の発症リスクが継続して上昇することが予測される。
構成細菌の同定やその機能解明を含むマイクロフローラの全貌解明は、環境汚染による影響評価や、養殖現場における魚の健康評価・管理への応用、魚と細菌の共生関係の理解に繋がると期待される。